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ITプロ大野正晴経歴

大野正晴 IT実務経歴

西尾レントオールの社長は、大学の先輩であり公認会計士でありながら重機・土木機械のレンタル業を経営しておられ会社は急成長中だった。 大変研究熱心、投資意欲の旺盛な方で私を新卒として熱く迎え入れて下さった。

当時は事務管理は、紙台帳がパンチカード式であっても進んでいる方だったが、社長は果敢に出たばかりのオフィスコンピュータの導入を進められた。

私のITとの出会いはここから始まります。

 

TOSBAC15

 

当時最新鋭のTOSBACシステム15漢字オフコン⇒
株式会社東芝HPより

 

 

 

 

その縁で東芝のOA事業部の子会社に入ることになりました。

システムの勉強や事務処理・会計の勉強なども精力的に行い、営業も経験して導入支援SEになります。

お客様の要望を仕様にまとめ、プログラマーに伝える仕事です。

しかしこの仕事に就いた時からあった、プログラム言語COBOLをマスターしたいという想いと経営をしっかり勉強したい→中小企業診断士の勉強をするということで、2年ほど第一線から離れる決意をしました。

そんな時挨拶にお伺いしたY社の常務さんから「勉強ならウチの会社に来てやればいい」という熱心なお誘いを受け、それならばとY社システム部統括責任者として入社することに。

ユーザーのシステム部マネージャとして5年間

Y社では当然東芝のオフコンが稼働していましたが、私自身勉強したいという気持ちが強く開発言語にもっと汎用性のあるものをとの思いからIBMのAS/400にリプレイスしました。ここではユーザサイドに立って様々な開発を指揮し、また現場が思うように協力してくれない対応等々貴重な経験もさせて頂きました。

100万円位かけて当時SORDから東芝になったPIPSという表形式データベースシステムを導入し、AS/400からクェリーでデータを落とし、生産管理の生産量シミュレーションに使いました。EXCELがまだ日本には無かった頃です。

渡辺昭雄氏とMUMPS(M言語)との出会い

日刊工業新聞社pipsの「工場管理」の別冊「PIPS電プロによる経営管理革命」を読んていると、MUMPS(マンプス)というとてつもない代物が紹介されていました。PIPSで基幹システムを構築するのは無理として、似たものが無いか気になっていたところです。

MUMPSなら使えそうだ、、ということであちこち調べていると、渡辺昭雄さんと知合いました。

渡辺昭雄さんは元富士通のエンジニアで日本で初めてオフコンにCOBOL言語をもたらした人です。「COBOL入門~電子計算機による事務の機械化」という本を出しておられます。

渡辺さんはまた日本でもいち早くパソコンの可能性に目を向けられた方で、東京八重洲にシステムズフォーミュレットというパソコン教室併設のオフィスを立ち上げられた。

私も渡辺さんの著作を読んでコモドール社のPETというパソコンを探し当時出入りしていた中崎町にあった日本マイコン学院の松本さんから譲って頂き入手したのです。

パソコンシステムを構築して売る・・・会社を立ち上げ

Y社を5年で退社して、念願の「システム会社」を立ち上げることになりました。
DOSサーバにMUMPSを載せPC-98シリーズ(Windows95)を端末にしてシステム構築する。費用はオフコンの数分の1で済むうえ、オフコンはその専用端末が必要なのに比較してパソコンが端末に使えると利便性が増します。

MUMPSはこの頃から、M言語とかopenMとか後cacheとも呼ばれるようになり、microsoftの強大な力の前に翻弄される運命を辿りました。

MUMPS他、私が直接かかわった事例を上げて見ましょう。

TK製作所は全国に営業所網を持つ中堅の製造業

富士通の小型汎用機が入っていた。ただ全社的にNECのパソコンPC-9801が入っていた。DOSからWindowsへの過渡期だった。

富士通からシステムを一新して全社ネット化する提案があった。総額2億円。工場、全国支店・営業所にはオフコンを入れそれをつないで本社の汎用機にデータを集約するという提案内容だ。

私が提案Lたのが営業所はパソコンで処理し1日1回電話回線で本社にデーターを集約する案。これだと1千万円でできるので「やってみよう」という事になった。

その後、全面的に米MUMPSシステムに載せ替えた。OSはLINUXでもよかったが、当初DOSで稼働させていたのでそのまま使った。後にはWindows2000SERVERに載せ替えた。

DOSにMUMPSを載せ全国8つの営業所、工場と本社事務部門32マルチタスク-リアルシステムで運用した。NTTのパケット通信を利用していたがフレームリレー網に載せ替えた。通信費が月額数十万円掛かったが全国を専用回線で繋ぐのと比較したら数分の1であったと思う。端末システムはNECのPC-98シリーズをそのまま使ったので低コストで運用できた。

この頃、HP(ヒユーレットパッカード)またはCOMPAQのRAID5搭載のサーバマシンをしばしば構築した。最高で250万円のものを導入したが、オフコンやUNIXマシン、AS400等に比較すると格安であった。

中堅中小企業の1億円位のシステムから150万円程度のシステムまで100以上のシステムを導入しました。

2005年ころからシステムの受託開発は止めました

システムの問題解決システム・コンサルティング

SK株式会社 同じメーカ、ディーラでのリプレイス、コスト削減

三菱のオフコンの長いユーザ。スチール事務机の生産・販売管理システム。ハードウェアを全面的に更新して、プログラムも一部見直し。社長のつもりでは3000万円位であったがディーラからは8000万円起える見積が出された。相談を受けコンサルティングに入り他メーカも含めたオープン見積にしたところ、最終的には3500万円に収めることができた。
当時、SEプログラマーの1人月工賃が180万円の見積出ていて呆れた。しかも工数見積りが多すぎる。こういうケースでは(競合などあれば)半分位に圧縮できる。

 

MM自動車工業 元請けから下請け、更に孫請けへと・・ダメです

D銀行経営研究所にシステム化の相談したところ某富士通大手ディラーを紹介され丸投げされていた。

問題点の調査をしたところ、元請けが下請けに丸投げして、そこがまた部分部分下請けに出している・・・ということで、問題解決するのに都度違う下請けを招集して当たらねばならない・・・という事態で、現実的にトラブル解決不能

それでさすが某富士通ディーラも「作り直し」を提案してきたが、その費用を一部(と言っているが全部かも、、)ユーザに負担しろという内容

この段階で相談を受けコンサルに入った。

専門家を派遣して常駐、現場システム調査を行い、約20社のカスタマイズ可能なパッケージシステムの資料を集め検討して最終的に1社に絞る。

某富士通ディーラ「作り直し」一部負担より安い費用で済んだ。富士通ではオラクルが使われていたが、IBM AS/400を使うことになった。もう一社最後まで残ったシステムがあったが、当時ではACCESS+SQLサーバーというのに不安があった。

10年経つが問題は起こっていません。(課題はいくつかあります)

 

茜丸本舗大納言 あんこやどら焼きで日本一有名な会社です

茜丸

友人でもあるここの経営者から相談を受け販売管理のシステムを見に行った。ミロク情報の販売大将というパッケージと、別に専用伝票を打つためにカシオの帳作というマシンが使われていた。

一度販売大将で印刷した伝票を見て帳作に入力しなおし業界専用伝票を印刷する。どう考えても二度手間で完全に事務員一人とられている。それに在庫が、ケース、ボール、単品と連動しない。こういう場合カスタマイズに300万円位かけてもすぐ元がとれる。どちらかのシステムに1本化すべきだ。

カシオは帳作君の端末台数を2→10に増やすという事もあり800万円言ってきた。 これなら他の可能性も含めて一から見直した方がいいということになる。さっそく社内に検討委員会を設置し、現場の意見・要望を集めた。

やはり菓子業システム中心に20ほどパッケージシステムを検討したが、コストパーフォーマンスの観点から「もうかりまうす」に決定、カスタマイズにかかった。

現場に入って作業フ口ー分圻したり、開発者に指示したりできあがってきたプログラムのテスト検収したりシステムの移行手順を指揮しながらいっしょに作業したりもしました。コンサルしているだけでは現場は進みません。

ITとシステム関係の実務経歴でした。

公的資格はシステムアドミニストレータ、JIS/ISO27001情報セキュリティ

情報セキュリティの中でも特にリスクマネジメント/リスクの評価と対策(許容)
⇒リスクアセスメント及び マネジメントのベースとしてのP.D.Cマネジメントサイクルの実際運用指導に力を入れています。

各社がJIS/ISO27001情報セキュリティの認証取得するかどうかは別にしても、対策はしておく必要があります。
外部からの侵入はもとより、社員によるデータ持ち出しなどに備えておかねばなりません。

その会社ごとに考えられるリスクを表にして、緊急性、重大性のマトリクスを作り評価(計数化)し、その許容(リスクを対費用・労力の観点からしょうがないと認める)を経営者自らの確認で行う必要があります。

実行されなければ意味がありません。

 

このサイトでは他に「IT-知的生産の技術」についても投稿してゆく予定です。

三畳半IT書斎つくりもその一環です。
いわば私のライフワークの紹介です。

40年間に及ぶシステムとITとの関わりで皆様のお役に立てそうな話題を提供してゆきます。

原点とも言える梅棹忠夫「知的生産の技術」や当時双璧であった川喜田二郎「KJ法」も布石にして、最新のe-ラーニングナレッジマネジメントを展開していきます。

 

ホームページ作りもライフワークとして取り上げます

ホームページを作ってゆくことがライフワークでありながら、そのホームページ作りの核心のWebライティングそのものを極め、達人の域を目指すこと自体がライフワークなのです。

ちょっとパーソナル知的生産の方法論側面もあります。
しかし個人のスキル・ノウハウをメソッドに高めシステム化することで企業は本当の力を発揮できます。

というか、個人のスキル・ノウハウを育成する方法論が必要だということでしょう。

 

趣味といえば一つにヨットがあります

例えば私は子供のころからヨットが好きで憧れていました。宮津湾に浮かぶA級ディンギーや2枚帆のシーホースやスナイプを島崎の浜によく見に行きました。
50歳になったころやっと21ftマイヨットを持ちました。

CA3B0006

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ところが、実は思っていたほど楽しくはないのです。もっとデカイ豪華なヨットでないとダメなのか?このヨットのせいかと思い、友人、先輩の様々な艇に乗せてもらいました。40ftの何千万円もするヤツ、電動シャワーやダブルベッドの寝室もある超豪華なヤツ、、違うんですね。 ちっともワクワクしない。

今はモバイルヨットと勝手に命名した3mあまりのカートップできるヨットにはまっています。 私にとってワクワクするのはデカイ豪華なヨットではなかった。小さなヤツで、特に砂浜に近い海底の見えるような浅瀬を走るのが好きです。
sunfish

まず、こども時代のワクワク体験から近いところをうろうろすることになります。
それが無ければ世間的な価値観、より大きなより豪華な(結果的により高価な)ものを求めて(むりやり)満足することになり、本当の自分を見失います。

私が主催している趣味のサイトを趣味のホームページ作りでまとめる・・・

それこそが私のライフワークです。

モバイルヨット  http://www.marine-s.net
モバイルヨットを楽しむサイト
facebook http://www.facebook.com/masaharu.ohno.5

奈良ポタリング(自転車) http://www.hana-iyashi.net (建設中)
奈良ポタリング会のHPのつもりで設定
└→竜田川、飛鳥川、大和川、高田川、富雄川などの河川敷道路を走る

 

 

土砂災害イエローゾーン問題(暫定)  http://www.hana-iyashi.net/yellowzone/

霊場ドットコム  http://www.reijyo.net (建設中)
                └四国お遍路、大峰山登拝修業

 

 

 

 

 

 

 

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